クズ人間が生きる希望を探したい。

闇落ちしている技術職が書いている。厨二病/メンヘラ感ありますがいたって真面目に考えていることを書いています。

自分の気に入らないことを受容できない低能思考

 

seweb.hatenablog.com

 上の記事で、自己矛盾に気づき自分の思考がまったくわからなくなったと書いたが、ひとつの仮説がついた。

自分の考えと異なる考え方

自分の考え方と異なる考え方がそこにあるとき、自分はおおむね2つの思考をしているように感じられる。

(1) 異なる考え方を受容する。異なる考えを受け入れて自分の思考に反映する。
(2) 異なる考え方を自分とは異なる世界の出来事として切り離す。

(1)は、まあいいとして、自分が理解できない場合に(2)の行動をとる割合と、それを取ったときの切り離しの度合いが割と強い方なのではないのかと思う。

 

他者の思考、考え方を切り離す

度合いとしては、これもまた2つくらいあって、「そういう考え方もあるよね。僕には理解できないけどね。」というソフトめの切り離しと、『全く連絡を取ることをやめてなかったことにする』というハードパターンがあるようだ。

後者のパターンは要するに絶交に近いパターンでいやいやあんまりそんなことないでしょと思われるかもしれないけれど、かなり絶交パターンも多い。社会人になってからというもの、この人には二度と関わらない、と決めた人がだいたい年に1人くらいくらい現れて、実際その後の関わりを絶っている。

自分は現在の年齢からすると少し多い2回の転職をしているが、過去の職場の人と交流はしないことが多い。避けている場合もある。自分には理解できずに辞めた側面がある場合には、一切の交流を絶って無かったことにしている。

 

そうこうやっているともう人間関係が全部面倒になってくる。
というわけで、仕事以外で人と関わること本当に少ない。1人行動が多いが他人の思考を考えなくていいからそれが楽なんだろうな。(世の中にごく少数一緒に過ごしても辛くない友人がいるので、その人間関係の中で収まっていたい)

 

整理すればするほど、人間としての不適格性が浮き彫りになりますね。

 

自己矛盾を生んでいる要因

要するに、冒頭のブログ内の記述に関しても、ただ自分の思考を変えることができない頭の固さと、自分の考えと相容れないことは切り捨てた結果だということですね。

つまり自己矛盾でもなんでもなくて、自分の考え方と同じであれば守り、異なれば攻撃するというなんとまあ低能な思考ですね、というだけの話でした。クズ過ぎる。

普通星に生まれた普通星人

「私ね、普通なの。」
「私は普通星に生まれた普通星人なんだって。」

「どんなに変身したって普通なんだって。そんな風に思ってて、それでも何かあるんじゃないかって思ってたんだけど。」

「気がついたら高2になってた。このままじゃ本当にこのままだぞ!普通星人を通り越して普通怪獣チカチーになっちゃうー!」

 

 

普通になりたかった?

冒頭は、ラブライブ!サンシャイン!!主人公の高海千歌ちゃんの第一話のセリフです。

自分はいままで、普通に育とう、と意識していないと思っていました。我を貫いていくぞーっと思ってきたつもりでした。

ただ、自分の学生時代を知る友人に言わせてみれば、僕はだいぶ「普通の人を目指していた」ようです。「だいぶ普通の人として順調に過ごしていこうとしていたよね」と指摘され、ちょっと驚きました。

 

ただし思い出してみれば

いまから10年前、およそ18歳のころにはすごく順風満帆な人生を歩むものだと思っていました。20歳の時にはある程度大きい会社に入ることが決まり、ああ、よかった。これで人生成功した。負け組にならなかった。よかったよかった。と思っていたのは、確かにはっきりと覚えています。

 

なにやら最近はっきり言ってめんどくさい悩みが尽きていなくって、自分で考えてもだいぶヤバい思考に陥っているな、と思いますが、順風満帆どころか、平均に達しているかすら怪しい自分の現在の状態を見て、だいぶ焦っているのかもしれないですね。

 

ただ、焦っている時ってだいたいよくないんですよね。空回りする、というかしている。。。

 

 

年間の3分の2程度は体調悪い私ですが、今日は一日頭が痛かったです。

明日は体調よいと良いな。

自分の思考が正しいかどうか完全に自信がなくなってしまった

端的に言えばいますごく気持ちが落ち込んでいます。
今まで自分が信じていた自分に完全に自信がなくなっています。

ポケモンGOの話

巷ではポケモンGOがだいぶ人気ですが、まだ自分は始められていません。理由はタイミングを逸した、というところなのですが、ちょうどポケモンGOの配信が始まった週の週末に ICND1試験 を受験する申し込みをしていまして、試験が終わるまでは手に出さないでおこう、と思っておいたのです。

その後、まあすっかり忘れていていままで入れていません。そろそろ入れてみようかと思っています。(と3日くらい前から思っている)

そんな矢先、実家の親からメールが来ました。私から連絡することもほぼないので、定期的な生存確認のような内容です。ただそのなかで、ポケモンGOに関する記述がありました。(原文ほぼそのまま。)

 ポケモンGOが話題になっているけど、まさかやってないよね。みんながスマホを見ながら集まっている、異様な光景を見て、気になったから…。

ポケモンGOに批判的な見解はニュース等でもありますが、個人的には新しいものが生まれているわけでこれまでの常識の枠の中で片付けてしまうのはもったいないと思っており、「気持ち悪い」という短絡的な批判も見受けられると思っています。

何しろ、日本人の可処分時間が長時間労働で減っていると言われる中で、あれだけの市民の可処分時間をごっそり奪っていったのですから、これはすごいというほかないと思います。

というわけで、私は両親に対して、こういった主旨の反論をしました。

ポケモンGOについては、まだやってないけどそのうちやってみてもよいかなあとは思うかなあ。これで大きい恩恵を受ける業界もあるだろうし、良い影響も悪い影響もあると思うので。というわけでこれまでになかった光景とはいえ一概に否定は出来ないかな。

 

婚活の話

「結婚とか考えないの」「婚活パーティとか、出会おうとか思わない?」

こう言われたとき、私は一言目にはだいたいこう応えます。

「相手の人生に責任とれる?」

二言目にはだいたいこう言います

「自分は身体も悪いところがだいぶ多いし、生活面でもリスクが多い。たとえ自分が好きだと思った人がいたとして、その人を不幸にするようなこと、したくないじゃない。

 

友人との会話

とある友人と話をしたとき、同級生の友人なので年齢柄、結婚や婚活の話題もよく出てきます。

先ほどのポケモンGOの親とのやりとりをしたあとに、婚活の話をしました。

そこで友人に指摘をされたのが

ポケモンGOの話ではむげに否定から入る思考を嫌っている、しかし婚活の話は最初から否定から入っている。言っていることがムチャクチャである」と言うことでした。

言われて、確かに、反論する言葉はありませんでした。全くその通りで、私の言っていることは自己矛盾そのものといっても過言でないことを気付かされました。

 

このとき、自分自身の思考に対して完全に自信がなくなりました。ある程度自分の考えた方向や思想に自信をもっていま生活しているつもりですが、それらがすっかり音を立てて瓦解しました。

たとえて言うなら、コンピュータがはじき出す計算結果が正しいのか、正しくないのか、全く信頼出来なくなったというような状態です。

 

ひとつ反論するならば、ポケモンGOの話はソフトウェア製品や文化を含めて影響がある話、婚活は自分自身に関してだけの問題、というスコープの差はあるかもしれませんが、まぁそんなことは些細なことです。完全なる、正反対の思考、計算結果の矛盾を説明するには足りません。

 

いまのところ、行動することすべてに関して、どうしたらいいか正しい形が分からなくなりました。これから先、どういった意思の元で1つ1つの動きをすればいいのか。そこで手をあげていいのか、下ろした方がいいのか、右足をまえに出せば良いのか左足を出せば良いのか。この声優さんを好きで居続けるのがいいのか、このアニメを見続けるのが良いのか、いまの仕事を続けるのが良いのか、何を食べるのが良いのか、人と会った方が良いのか、独りで過ごすのがいいのか、寝るのが良いのか、起きるのが良いのか、

 

壊れた計算結果しか出さないコンピュータしか手元になく、僕はもうどうしたらいいか分かりません。どうしたらいいんだ。

最近のできごと

気付いたらラブライブ!ファイナル以来記事を書いていなかった。
それすなわち精神的には安定した日々だったのでしょうね。よかったよかった。

今日は6月28日、大宮ソニックシティホールでの三森すずこさんのバースデーイベントを1時間半後に控え、とりあえずベローチェで休憩していて時間が出来たのでなんか書こうと思って書き始めました。

ラブライブ!ファイナル以降のできごと

4/9, 4/10:水樹奈々さん東京ドーム公演参戦

ゴールデンウィークは学生の頃の同級生とオタク会(カラオケと飲み会とカラオケ)

5/6:プチミレ新SG発売フリイベ

5/14:ラゾーナ川崎, マクロスΔ新SGリリイベ(鈴木みのりちゃん, JUNNAちゃんとハイタッチ)

5/22:スクフェス感謝祭(かんかんみかん誕生の瞬間に立ち会い)

5/28:内田彩さんコンセプトライブBitter Kiss に当日券で参戦

6/4:新田恵海さんパシフィコ横浜公演参戦。最高だった。これからも新田恵海さんを応援する決意。

6/12:よこすかYYのりものフェスタ、主にはいふりスタッフトークショーと夏川椎菜さん古木のぞみさんご登壇のキャストトークショー目的。はいふりはいいぞ。

6/18:シュヴァルツェスマーケン フェスト、生fripSideに興奮

本日6/28:三森すずこさんバースデーイベント 大宮ソニックシティホール

 

いや大変充実している…そんなにイベントづくしにしているつもりはないのだけど羅列するとすごいな。この中には書いてないけど趣味の消防系イベントとか、JAMSTECの横須賀本部一般公開とかも行っているので、実はあまり家にいなかったと思われる。アクティブオタクだ。

 

2016年春アニメ総括

時節柄。結局今期毎週欠かさず全部見ていたのは

でしたかね。あとは田中くんはいつもけだるげとか、追い切れてないけどのんべんだらりとみていたものが何本か。

ハイスクール・フリート

ネット上でいろいろとツッコまれていてちょっと辛かったんですが、個人的には最高でした。最終話がボロクソに言われていてちょっと本当に辛かったんだけど、僕は最終話本当に好きでした。なんだかんだで横須賀にも行きましたしね。意外と遠かった。正直円盤も買いたいけどお金が……

アニメ雑誌でハイスクール・フリート特集されていたときに、細かいところの作り込みを丁寧にされているというのを拝見しました。スタッフトークショーでも思ったけど、この作品本当に頑張って作っているのを感じました。あと、いろいろとコラボしていたので街中でHigh Free Sprits を聞くことがおおかった。

そうそう、最終話見たあとに、映画 亡国のイージス 見たくなりました。

マクロスΔ

ヤバい時間が無くなってきた。

マクロスは本当歌が大好きな路線のやつしか出てこなくって、ワルキューレに骨抜きにされております。お風呂場でワルキューレ楽曲を熱唱している日々です。はやくアルバム(来週リリース)ほしい…

 

最後雑になりましたが近況を書いた。今後はここまで空いちゃわないようになんか書く時間作ろうっと。

ラブライブ! ファイナルを迎えて

今日は4月11日(月)、ラブライブ! μ's の東京ドームでのファイナル「ラブライブ!μ's Final LoveLive!〜μ’sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜」が終わってから、もう10日間が経ったことになります。いろいろな思いが交錯してまとまっていませんでしたが、そろそろ文字として残しておこうかなと思います。

 

ファイナル発表から4ヶ月

μ'sのファイナルライブが発表されたときの記事はこちら

 

seweb.hatenablog.com

 この記事を書きたくてこのブログを作ったわけでした。いまではだいぶ闇落ち記事の方が増えていますが。

もちろん、ファイナルが見えてしまっていて、悲しくなかったといえば嘘になりますが、それ以降、NHK紅白歌合戦への出場や、上海・台湾でのファンミーティングツアー(ライブビューイングで参加)、劇場でμ'sのアニメライブ映像や、これまでのライブ公演の映像を観覧できる「μ's Live in Theater」「μ's Film Live in Theater」などに何度も参加して、ほぼ3ヶ月、μ'sばっかり考えている時間を過ごしました。本当に楽しかったです。本当に、ありがとうという気持ちを伝えたいです。

 

 

ファイナルライブに参戦

3月31日(木)、4月1日(金)という社会人殺しのスケジュールで開催されたファイナルライブですが、僕は業務上休みをとるのは難しかったので、いずれもディレイLV上映、しかも結局2日とも遅れての参加になってしまいました。

 31日はなんとかオープニングのアニメーション中には入れました。諸事情でチケットを取るのがすごく遅くなってしまって、あまり大きくない劇場、そして満員というわけではなくて、参加されている方もそれほどヤバそうな人はいなかったのですが、逆に「僕がこの劇場のコールを引っ張って、盛り上がらせるんだ!!」という変な責任感が沸いてしまい、これまでで一番頑張った劇場ライブビューイングになったと思います。そしてこの日はドーム含めた見る人の全員が、"全てが初めて"の公演。セットリストの一曲一曲、パフォーマンスの一つ一つ、キャストの一挙手一投足に息をのんで、目の前で繰り広げられる素晴らしい展開に「マジかよ」と何度もつぶやいていました。

 

もう一度ラブライブ! 4/2公演

4月2日(土)は、「もう一度 μ’s Final LoveLive!~μ’sic Forever ♪♪♪♪♪♪♪♪♪~」として全国の劇場で4月1日公演の模様が上映されました。私も友人と参加しました。

一心不乱に声援を送り、友人からは「野獣の雄叫び」と揶揄される状況でした。

前の日にタイムラインに流れてきたこのツイートを見て、この日は声優さんの名前を呼ぶとき、僕も「よしのおおおおおおおおおおお!!!!!!」「あいなああああああ!!!!!!!!!!」「ゆりかあああああああああ!!!!」ってなっていました。

 

あなたにとってラブライブ!とは

ファイナル前日、3月30日の文化放送レコメン!」でラブライブ!特集がされていまして、お便りテーマのひとつが「あなたにとってラブライブ!とは」でした。4月2日のビューイング前に録音したものを聞いていたのですが、正直どのメッセージも思いがこもっていて愛が感じられて、自分も泣きそうになりました。

そんな「あなたにとってラブライブ!とは」。

私にとってのラブライブ!は "進化し続ける、生きる希望" でした。

私がラブライブ!を知ったのはかなり遅く、2期のアニメ放映もおわってしばらくしてからでしたが、ラブライブ!に出会ってから、次から次へとこころをワクワクさせてくれる、そしてさまざまな代えがたい瞬間を生んでくれたラブライブ!は間違いなく僕の生きる希望でした。そして、時間の経過とともにいつも新しい姿を見せてくれ、何度も「マジかよ」とつぶやき続けさせてくれた、単に"素晴らしい作品"では言い表せない存在です。

 

ここで一つの区切りを迎えるラブライブ!

卒業後もアイドルを続けるのかな、矢澤にこさん。また神田明神に会いにいきますね、東條希さん。もう一度、ハラショーと言わせるくらいの景色を見せてあげたい、絢瀬絵里さん。9人のなかで一番最初に好きになったのは実はあなたでした、星空凛さん。艶のある歌声に魅了されました、西木野真姫さん。頑張る姿笑顔の姿がまぶしい、小泉花陽さん。たくさんの衣装と共に素敵な姿を見せ続けてくれた、南ことりさん。誰よりもキュートな決めゼリフ・ラブアローシュートの園田海未さん。そして、すべての"はじまり"をつくり、ここまで引っ張ってくれた、高坂穂乃果さん。

 

いつも僕らを笑顔にしてくれた、徳井青空さん。踊っているときの弾ける笑顔が素敵な楠田亜衣奈さん。ご自身が大変でも絵里とファンを大切に思い続けてくれた、南條愛乃さん。若さ溢れるエネルギッシュでキュートなパフォーマンス、飯田里穂さん。μ'sの中でもBiBiでも抜群な歌唱力とダンスシーンを披露してくれた、Pileさん。素の姿をみて僕はあなたを急速に好きになっていきました、久保ユリカさん。真摯にことりちゃんと向かい合って全身でことりちゃんを体現させてくれた、内田彩さん。歌唱とはまた違った姿をMCで見せてくれ、笑顔をふりまいてくれた三森すずこさん。そして、リーダーとして、MCとして、歌手としてひたむきに挑戦し続けて優秀の美を飾ってくれた、新田恵海さん。

 

ファンの求めるものに、つねにそれ以上で応えてくれたスタッフのみなさん。ラブライブ!への惜しみない愛を持ち続けた、ファンの皆さん。

 

1人でも、1つでも欠けたら生まれなかった、僕たちの奇跡。そのコンテンツにファンとしてかかわることが出来たことを嬉しく思いますし、これからも、μ'sを好きでい続けます。応援し続けます。

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どんなときだって君を見つめてる
嬉しいから会いたいよ
寂しいから会いたいよ
楽しい悲しいそして
会いたくなるんだどんなときも

(どんなときもずっと)

 

無謀な夢から始まって
奇跡のようにすべてが繋がって
どうなるんだろう?
ドキドキで毎日が冒険だったよいつも
これからはもっとよろしくね
だって離れたりできるはずないんだよ
思い出だけじゃないからね
あたらしい夢が生まれてくると 僕たちは知ってるよ

(MOMENT RING)

 

 

僕たちは懐かしさにひたるより
また会えると笑いあって
さようならは取っておいてよ もしもの時まで
いまはいまの楽しさで はしゃぎたいなみんなと
さようならへさよなら!なんて無茶苦茶を言いたくなった
言っちゃえばいいね!

(さようならへさよなら!)

 

いまはそれさえ笑い話 ずいぶん強くなったみたい
いろんなことがあったね 怒ったり泣いたり忙しく
真っ白なノートブックへと想い出が増えてゆく
表紙に小さくありがとうって書きたいな
いつかね…いつかね!

(そして最後のページには)

 

性格が悪くなったのはどのタイミングだろう、そして

ブログすっかりご無沙汰になってしまった。

ブログ書かないときは、たぶん心の中にもやもやが少ないときなので、精神衛生上は安定しているタイミング。そしてまた書こうと思ったのでいまはまた不安定になってきたタイミング、ということだろう。

 

最近自分の

性格が悪いなあ、と思うことが多い。主として平日の仕事が終わって職場を脱出したときが多いんだけど、自分以外の人がまだ忙しくて残業しているときとか、そう感じるみたい。そういうときは心の中で「僕はひとの仕事を手伝うなんて絶対しないぞ。自分が振られた仕事だけしかやらないし、極力仕事を振られないように立ち振る舞うぞ」と自分の心に言い聞かせる。

 

昔は

僕も社会人になりたての頃、というか、まだ学生の頃かな、「人が生きていくんだからだれか人と関わって良くも悪くも影響を及ぼさないとね」「ITで人々の生活はもっともっと豊かになるんだ、豊かにするんだ」なんて大変意識の高いこともあった。じゃあいつから前項のようなクズさを発揮するようになったんだろうとふと疑問に思ったわけです。

 

最初の変化

社会人になって1回目の転機となり得る出来事は間違いなく社会人1年目後半のうつ病発症~通院開始なのだろうけど、この頃はまだ僕は意識高い系だった。2年目前半くらいにうつ病を原因として医療保険に加入できない事実を突きつけられて、ああ、病気になると助けてもらえなくなるんだ、なんてちょっと絶望したけど、2年目後半の休職のタイミングでもまだ意識は高かった。情報システムに携わる人間として活躍する未来は夢見てた。

じゃあどのへんから意識が変わっていったかといえば、やっぱり1社目の会社を辞める直前ぐらいにひとつ大きな変化があったと思う。当時は一生懸命頑張ってやっていた反面、周囲のルールや規則を守らない人たちがいることが見えてきて、なんで自分がこんなクソ真面目にやって苦労しなきゃいけないんだろう、なんて思っていた。そんなときだいぶとばっちりをくらって意味が分からない方向から自分に不利益をふっかけられそうになった。その出来事はある社内のひとから内線電話でかかってきたのだけれど、その時僕はブチ切れて「もうこの仕事を続けられません」と言って受話器を放り投げ、文字通りその半年後に退職しました。

 

2度目の変化

2つめの会社に入って、1年くらいは、苦労はしたけど、1年でここまで来たとは思えないほど社内での地位を確立していたように思う。自分で言うのもおかしいけど。結果としてすごい量の仕事を持つようになっていた。断れない自分が悪かったとは思うけど、当時まだ僕は「人のためになりたい」と思っていたので、一生懸命やってしまっていた。

だんだん体調は悪くなってくるし、正直職場を離れることが全く出来なくて、歯医者に行くのに勤務あがらなくて職場からタクシーで往復するとか訳の分からないことしてた。そのうち人事制度上の問題も見えてきて、大丈夫がこの職場…とおもったり。

このころ自分の考え方が間違ってるっていうか、もう自分の子とは自分で守らないとだめだな、と思うようになった。

ただ、当時の職場ではもう仕事を受け付けるキャラで定着してしまったし、職場に対して自分の中でいろいろと法的な課題も見えてきたので、もうこの職場にはいられないな、と思った。そして、退職。

 

そして、いまの職場では徹底して自分を守ろうと思いました。自分が働くのは給料のため、ただそれだけ。人のために働くわけでもないし、自己実現なんてものは考えもしない。とにかく就業規則に定められた中で、働いて、早く帰るキャラになろう。

人のために働いたとして、だいたいその相手も自分のことしか考えていないから、いいように使われてポイされる。極力人とかかわらないこと。かかわるときは明に契約を介すること。ただし、日本の雇用契約はぼんやりしているので職場の人を信じたりしてはいけない。

 

番外編

番外編として、1つめの会社にいた頃に会社とは別にあるコミュニティ活動に関わっていて、それがつらかったという思い出もある。コミュニティ活動だから、出来る範囲で活動するという原則なのだろうけど、当時僕は立場上もある程度責任を取らなければいけない立場でもあって、ただその責任感をもってがんばろうとするとやっぱり自分の首を絞め続ける結果になった。つらかった。

ああ、自分が責任を取ろうとするとそれはとても辛いことだし、そもそも自分のとれる責任なんてたかがしれている。

とれない責任は負わないようにしよう。お互いのため。それが仕事か否かにかかわらず。これもいまのポリシーになってると思う。

 

 

ああ、文字に起こすと完全にクズ人間ですね。

昔のとてもキラキラしていた自分はどこにいってしまったのだろう。

ただ、もう一度意識を高く持とうなんて、思わないかな。あまり人と深く関わろうと思わない。

 

だけど、いまこころを許せる相手はこの世にほんの少しだけいて、学生時代の同級生です。本当に、家族以上*1に自分の多くを知っていて、受け入れてくれている(と勝手に思っている)。感謝しかない。同級生に見放されたら、僕はもうダメだろうな。死ぬかもしれない。

*1:親含め家族よりも、学生時代の同級生の方が心を許してると思う。

自分のことを一番知っている人は

ふと、いまの自分のことを一番知っている人って誰なんだろう。って思った

 

普通は

両親とかになるんだろうが。"一番"知っている人と考えると、それは両親ではない。

自分で言うのもおかしな話だけれど、僕は極端に両親に依存しない生き方をしようとしている。もちろん金銭的には社会人になるまで支えてもらったのだけれど。ここでは精神的に、ということになろうか。

15歳で家を出る判断も結局のところ僕の独断であったし、20歳に就職するときも事後報告でさっさと関東へ出てきてしまった。その後、僕も年に数度しか実家には帰らないし、両親が自分の部屋にきたことも一回きりだ。そもそも親に縛られたくないという半ば思春期をこじらせたような思想で家を出て12年になる。自分のことを一番知っているのは親ではなさそう。

友人か

まだこれでもお付き合いしている女性がいたときには、確実にその女性が世界の中で僕のことを一番知っている人だった。これはまず間違いない。

"だった"と過去形にしたのは、もう別れてから独り身でいる期間が長くなっているので当時の自分と今の自分とも、まぁ特に心身を壊した前後で自分自身が大きく変わっているところがあるので、"いまの自分を一番知っている"かというと、そうでもないかもしれない。

そうしたら友人だろうか。学生時代の友人は本当にかけがえのないもので、たぶん同じクラスだったメンバーがいなかったら僕はいまどうなっていたか分からないし、感謝しかない。とはいいつつも、最近の僕は人と会うのがあまり得意ではなく、場合によっては緊張から体調を崩してしまうありさまなので、そういったメンバーと積極的に会うことも減ってきているかもしれない。あとはみんなそれぞれの家庭をもつようになってきた、っていうのもあるのかなあ。

 

結局のところ

僕がいまぱたんと倒れてそのまま死んでしまったとき、生前の僕のことを、ほんとうに僕が考えていたこと、思っていたことを含めて分かる人間はもしかしたらこの世にいないんじゃないかな。と思ったのです。それが良いとか悪いとかではなく、ふと思ったりしたのです。