クズ人間が生きる希望を探したい。

闇落ちしている技術職が書いている。厨二病/メンヘラ感ありますがいたって真面目に考えていることを書いています。

自分の思考が正しいかどうか完全に自信がなくなってしまった

端的に言えばいますごく気持ちが落ち込んでいます。
今まで自分が信じていた自分に完全に自信がなくなっています。

ポケモンGOの話

巷ではポケモンGOがだいぶ人気ですが、まだ自分は始められていません。理由はタイミングを逸した、というところなのですが、ちょうどポケモンGOの配信が始まった週の週末に ICND1試験 を受験する申し込みをしていまして、試験が終わるまでは手に出さないでおこう、と思っておいたのです。

その後、まあすっかり忘れていていままで入れていません。そろそろ入れてみようかと思っています。(と3日くらい前から思っている)

そんな矢先、実家の親からメールが来ました。私から連絡することもほぼないので、定期的な生存確認のような内容です。ただそのなかで、ポケモンGOに関する記述がありました。(原文ほぼそのまま。)

 ポケモンGOが話題になっているけど、まさかやってないよね。みんながスマホを見ながら集まっている、異様な光景を見て、気になったから…。

ポケモンGOに批判的な見解はニュース等でもありますが、個人的には新しいものが生まれているわけでこれまでの常識の枠の中で片付けてしまうのはもったいないと思っており、「気持ち悪い」という短絡的な批判も見受けられると思っています。

何しろ、日本人の可処分時間が長時間労働で減っていると言われる中で、あれだけの市民の可処分時間をごっそり奪っていったのですから、これはすごいというほかないと思います。

というわけで、私は両親に対して、こういった主旨の反論をしました。

ポケモンGOについては、まだやってないけどそのうちやってみてもよいかなあとは思うかなあ。これで大きい恩恵を受ける業界もあるだろうし、良い影響も悪い影響もあると思うので。というわけでこれまでになかった光景とはいえ一概に否定は出来ないかな。

 

婚活の話

「結婚とか考えないの」「婚活パーティとか、出会おうとか思わない?」

こう言われたとき、私は一言目にはだいたいこう応えます。

「相手の人生に責任とれる?」

二言目にはだいたいこう言います

「自分は身体も悪いところがだいぶ多いし、生活面でもリスクが多い。たとえ自分が好きだと思った人がいたとして、その人を不幸にするようなこと、したくないじゃない。

 

友人との会話

とある友人と話をしたとき、同級生の友人なので年齢柄、結婚や婚活の話題もよく出てきます。

先ほどのポケモンGOの親とのやりとりをしたあとに、婚活の話をしました。

そこで友人に指摘をされたのが

ポケモンGOの話ではむげに否定から入る思考を嫌っている、しかし婚活の話は最初から否定から入っている。言っていることがムチャクチャである」と言うことでした。

言われて、確かに、反論する言葉はありませんでした。全くその通りで、私の言っていることは自己矛盾そのものといっても過言でないことを気付かされました。

 

このとき、自分自身の思考に対して完全に自信がなくなりました。ある程度自分の考えた方向や思想に自信をもっていま生活しているつもりですが、それらがすっかり音を立てて瓦解しました。

たとえて言うなら、コンピュータがはじき出す計算結果が正しいのか、正しくないのか、全く信頼出来なくなったというような状態です。

 

ひとつ反論するならば、ポケモンGOの話はソフトウェア製品や文化を含めて影響がある話、婚活は自分自身に関してだけの問題、というスコープの差はあるかもしれませんが、まぁそんなことは些細なことです。完全なる、正反対の思考、計算結果の矛盾を説明するには足りません。

 

いまのところ、行動することすべてに関して、どうしたらいいか正しい形が分からなくなりました。これから先、どういった意思の元で1つ1つの動きをすればいいのか。そこで手をあげていいのか、下ろした方がいいのか、右足をまえに出せば良いのか左足を出せば良いのか。この声優さんを好きで居続けるのがいいのか、このアニメを見続けるのが良いのか、いまの仕事を続けるのが良いのか、何を食べるのが良いのか、人と会った方が良いのか、独りで過ごすのがいいのか、寝るのが良いのか、起きるのが良いのか、

 

壊れた計算結果しか出さないコンピュータしか手元になく、僕はもうどうしたらいいか分かりません。どうしたらいいんだ。

最近のできごと

気付いたらラブライブ!ファイナル以来記事を書いていなかった。
それすなわち精神的には安定した日々だったのでしょうね。よかったよかった。

今日は6月28日、大宮ソニックシティホールでの三森すずこさんのバースデーイベントを1時間半後に控え、とりあえずベローチェで休憩していて時間が出来たのでなんか書こうと思って書き始めました。

ラブライブ!ファイナル以降のできごと

4/9, 4/10:水樹奈々さん東京ドーム公演参戦

ゴールデンウィークは学生の頃の同級生とオタク会(カラオケと飲み会とカラオケ)

5/6:プチミレ新SG発売フリイベ

5/14:ラゾーナ川崎, マクロスΔ新SGリリイベ(鈴木みのりちゃん, JUNNAちゃんとハイタッチ)

5/22:スクフェス感謝祭(かんかんみかん誕生の瞬間に立ち会い)

5/28:内田彩さんコンセプトライブBitter Kiss に当日券で参戦

6/4:新田恵海さんパシフィコ横浜公演参戦。最高だった。これからも新田恵海さんを応援する決意。

6/12:よこすかYYのりものフェスタ、主にはいふりスタッフトークショーと夏川椎菜さん古木のぞみさんご登壇のキャストトークショー目的。はいふりはいいぞ。

6/18:シュヴァルツェスマーケン フェスト、生fripSideに興奮

本日6/28:三森すずこさんバースデーイベント 大宮ソニックシティホール

 

いや大変充実している…そんなにイベントづくしにしているつもりはないのだけど羅列するとすごいな。この中には書いてないけど趣味の消防系イベントとか、JAMSTECの横須賀本部一般公開とかも行っているので、実はあまり家にいなかったと思われる。アクティブオタクだ。

 

2016年春アニメ総括

時節柄。結局今期毎週欠かさず全部見ていたのは

でしたかね。あとは田中くんはいつもけだるげとか、追い切れてないけどのんべんだらりとみていたものが何本か。

ハイスクール・フリート

ネット上でいろいろとツッコまれていてちょっと辛かったんですが、個人的には最高でした。最終話がボロクソに言われていてちょっと本当に辛かったんだけど、僕は最終話本当に好きでした。なんだかんだで横須賀にも行きましたしね。意外と遠かった。正直円盤も買いたいけどお金が……

アニメ雑誌でハイスクール・フリート特集されていたときに、細かいところの作り込みを丁寧にされているというのを拝見しました。スタッフトークショーでも思ったけど、この作品本当に頑張って作っているのを感じました。あと、いろいろとコラボしていたので街中でHigh Free Sprits を聞くことがおおかった。

そうそう、最終話見たあとに、映画 亡国のイージス 見たくなりました。

マクロスΔ

ヤバい時間が無くなってきた。

マクロスは本当歌が大好きな路線のやつしか出てこなくって、ワルキューレに骨抜きにされております。お風呂場でワルキューレ楽曲を熱唱している日々です。はやくアルバム(来週リリース)ほしい…

 

最後雑になりましたが近況を書いた。今後はここまで空いちゃわないようになんか書く時間作ろうっと。

ラブライブ! ファイナルを迎えて

今日は4月11日(月)、ラブライブ! μ's の東京ドームでのファイナル「ラブライブ!μ's Final LoveLive!〜μ’sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜」が終わってから、もう10日間が経ったことになります。いろいろな思いが交錯してまとまっていませんでしたが、そろそろ文字として残しておこうかなと思います。

 

ファイナル発表から4ヶ月

μ'sのファイナルライブが発表されたときの記事はこちら

 

seweb.hatenablog.com

 この記事を書きたくてこのブログを作ったわけでした。いまではだいぶ闇落ち記事の方が増えていますが。

もちろん、ファイナルが見えてしまっていて、悲しくなかったといえば嘘になりますが、それ以降、NHK紅白歌合戦への出場や、上海・台湾でのファンミーティングツアー(ライブビューイングで参加)、劇場でμ'sのアニメライブ映像や、これまでのライブ公演の映像を観覧できる「μ's Live in Theater」「μ's Film Live in Theater」などに何度も参加して、ほぼ3ヶ月、μ'sばっかり考えている時間を過ごしました。本当に楽しかったです。本当に、ありがとうという気持ちを伝えたいです。

 

 

ファイナルライブに参戦

3月31日(木)、4月1日(金)という社会人殺しのスケジュールで開催されたファイナルライブですが、僕は業務上休みをとるのは難しかったので、いずれもディレイLV上映、しかも結局2日とも遅れての参加になってしまいました。

 31日はなんとかオープニングのアニメーション中には入れました。諸事情でチケットを取るのがすごく遅くなってしまって、あまり大きくない劇場、そして満員というわけではなくて、参加されている方もそれほどヤバそうな人はいなかったのですが、逆に「僕がこの劇場のコールを引っ張って、盛り上がらせるんだ!!」という変な責任感が沸いてしまい、これまでで一番頑張った劇場ライブビューイングになったと思います。そしてこの日はドーム含めた見る人の全員が、"全てが初めて"の公演。セットリストの一曲一曲、パフォーマンスの一つ一つ、キャストの一挙手一投足に息をのんで、目の前で繰り広げられる素晴らしい展開に「マジかよ」と何度もつぶやいていました。

 

もう一度ラブライブ! 4/2公演

4月2日(土)は、「もう一度 μ’s Final LoveLive!~μ’sic Forever ♪♪♪♪♪♪♪♪♪~」として全国の劇場で4月1日公演の模様が上映されました。私も友人と参加しました。

一心不乱に声援を送り、友人からは「野獣の雄叫び」と揶揄される状況でした。

前の日にタイムラインに流れてきたこのツイートを見て、この日は声優さんの名前を呼ぶとき、僕も「よしのおおおおおおおおおおお!!!!!!」「あいなああああああ!!!!!!!!!!」「ゆりかあああああああああ!!!!」ってなっていました。

 

あなたにとってラブライブ!とは

ファイナル前日、3月30日の文化放送レコメン!」でラブライブ!特集がされていまして、お便りテーマのひとつが「あなたにとってラブライブ!とは」でした。4月2日のビューイング前に録音したものを聞いていたのですが、正直どのメッセージも思いがこもっていて愛が感じられて、自分も泣きそうになりました。

そんな「あなたにとってラブライブ!とは」。

私にとってのラブライブ!は "進化し続ける、生きる希望" でした。

私がラブライブ!を知ったのはかなり遅く、2期のアニメ放映もおわってしばらくしてからでしたが、ラブライブ!に出会ってから、次から次へとこころをワクワクさせてくれる、そしてさまざまな代えがたい瞬間を生んでくれたラブライブ!は間違いなく僕の生きる希望でした。そして、時間の経過とともにいつも新しい姿を見せてくれ、何度も「マジかよ」とつぶやき続けさせてくれた、単に"素晴らしい作品"では言い表せない存在です。

 

ここで一つの区切りを迎えるラブライブ!

卒業後もアイドルを続けるのかな、矢澤にこさん。また神田明神に会いにいきますね、東條希さん。もう一度、ハラショーと言わせるくらいの景色を見せてあげたい、絢瀬絵里さん。9人のなかで一番最初に好きになったのは実はあなたでした、星空凛さん。艶のある歌声に魅了されました、西木野真姫さん。頑張る姿笑顔の姿がまぶしい、小泉花陽さん。たくさんの衣装と共に素敵な姿を見せ続けてくれた、南ことりさん。誰よりもキュートな決めゼリフ・ラブアローシュートの園田海未さん。そして、すべての"はじまり"をつくり、ここまで引っ張ってくれた、高坂穂乃果さん。

 

いつも僕らを笑顔にしてくれた、徳井青空さん。踊っているときの弾ける笑顔が素敵な楠田亜衣奈さん。ご自身が大変でも絵里とファンを大切に思い続けてくれた、南條愛乃さん。若さ溢れるエネルギッシュでキュートなパフォーマンス、飯田里穂さん。μ'sの中でもBiBiでも抜群な歌唱力とダンスシーンを披露してくれた、Pileさん。素の姿をみて僕はあなたを急速に好きになっていきました、久保ユリカさん。真摯にことりちゃんと向かい合って全身でことりちゃんを体現させてくれた、内田彩さん。歌唱とはまた違った姿をMCで見せてくれ、笑顔をふりまいてくれた三森すずこさん。そして、リーダーとして、MCとして、歌手としてひたむきに挑戦し続けて優秀の美を飾ってくれた、新田恵海さん。

 

ファンの求めるものに、つねにそれ以上で応えてくれたスタッフのみなさん。ラブライブ!への惜しみない愛を持ち続けた、ファンの皆さん。

 

1人でも、1つでも欠けたら生まれなかった、僕たちの奇跡。そのコンテンツにファンとしてかかわることが出来たことを嬉しく思いますし、これからも、μ'sを好きでい続けます。応援し続けます。

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どんなときだって君を見つめてる
嬉しいから会いたいよ
寂しいから会いたいよ
楽しい悲しいそして
会いたくなるんだどんなときも

(どんなときもずっと)

 

無謀な夢から始まって
奇跡のようにすべてが繋がって
どうなるんだろう?
ドキドキで毎日が冒険だったよいつも
これからはもっとよろしくね
だって離れたりできるはずないんだよ
思い出だけじゃないからね
あたらしい夢が生まれてくると 僕たちは知ってるよ

(MOMENT RING)

 

 

僕たちは懐かしさにひたるより
また会えると笑いあって
さようならは取っておいてよ もしもの時まで
いまはいまの楽しさで はしゃぎたいなみんなと
さようならへさよなら!なんて無茶苦茶を言いたくなった
言っちゃえばいいね!

(さようならへさよなら!)

 

いまはそれさえ笑い話 ずいぶん強くなったみたい
いろんなことがあったね 怒ったり泣いたり忙しく
真っ白なノートブックへと想い出が増えてゆく
表紙に小さくありがとうって書きたいな
いつかね…いつかね!

(そして最後のページには)

 

性格が悪くなったのはどのタイミングだろう、そして

ブログすっかりご無沙汰になってしまった。

ブログ書かないときは、たぶん心の中にもやもやが少ないときなので、精神衛生上は安定しているタイミング。そしてまた書こうと思ったのでいまはまた不安定になってきたタイミング、ということだろう。

 

最近自分の

性格が悪いなあ、と思うことが多い。主として平日の仕事が終わって職場を脱出したときが多いんだけど、自分以外の人がまだ忙しくて残業しているときとか、そう感じるみたい。そういうときは心の中で「僕はひとの仕事を手伝うなんて絶対しないぞ。自分が振られた仕事だけしかやらないし、極力仕事を振られないように立ち振る舞うぞ」と自分の心に言い聞かせる。

 

昔は

僕も社会人になりたての頃、というか、まだ学生の頃かな、「人が生きていくんだからだれか人と関わって良くも悪くも影響を及ぼさないとね」「ITで人々の生活はもっともっと豊かになるんだ、豊かにするんだ」なんて大変意識の高いこともあった。じゃあいつから前項のようなクズさを発揮するようになったんだろうとふと疑問に思ったわけです。

 

最初の変化

社会人になって1回目の転機となり得る出来事は間違いなく社会人1年目後半のうつ病発症~通院開始なのだろうけど、この頃はまだ僕は意識高い系だった。2年目前半くらいにうつ病を原因として医療保険に加入できない事実を突きつけられて、ああ、病気になると助けてもらえなくなるんだ、なんてちょっと絶望したけど、2年目後半の休職のタイミングでもまだ意識は高かった。情報システムに携わる人間として活躍する未来は夢見てた。

じゃあどのへんから意識が変わっていったかといえば、やっぱり1社目の会社を辞める直前ぐらいにひとつ大きな変化があったと思う。当時は一生懸命頑張ってやっていた反面、周囲のルールや規則を守らない人たちがいることが見えてきて、なんで自分がこんなクソ真面目にやって苦労しなきゃいけないんだろう、なんて思っていた。そんなときだいぶとばっちりをくらって意味が分からない方向から自分に不利益をふっかけられそうになった。その出来事はある社内のひとから内線電話でかかってきたのだけれど、その時僕はブチ切れて「もうこの仕事を続けられません」と言って受話器を放り投げ、文字通りその半年後に退職しました。

 

2度目の変化

2つめの会社に入って、1年くらいは、苦労はしたけど、1年でここまで来たとは思えないほど社内での地位を確立していたように思う。自分で言うのもおかしいけど。結果としてすごい量の仕事を持つようになっていた。断れない自分が悪かったとは思うけど、当時まだ僕は「人のためになりたい」と思っていたので、一生懸命やってしまっていた。

だんだん体調は悪くなってくるし、正直職場を離れることが全く出来なくて、歯医者に行くのに勤務あがらなくて職場からタクシーで往復するとか訳の分からないことしてた。そのうち人事制度上の問題も見えてきて、大丈夫がこの職場…とおもったり。

このころ自分の考え方が間違ってるっていうか、もう自分の子とは自分で守らないとだめだな、と思うようになった。

ただ、当時の職場ではもう仕事を受け付けるキャラで定着してしまったし、職場に対して自分の中でいろいろと法的な課題も見えてきたので、もうこの職場にはいられないな、と思った。そして、退職。

 

そして、いまの職場では徹底して自分を守ろうと思いました。自分が働くのは給料のため、ただそれだけ。人のために働くわけでもないし、自己実現なんてものは考えもしない。とにかく就業規則に定められた中で、働いて、早く帰るキャラになろう。

人のために働いたとして、だいたいその相手も自分のことしか考えていないから、いいように使われてポイされる。極力人とかかわらないこと。かかわるときは明に契約を介すること。ただし、日本の雇用契約はぼんやりしているので職場の人を信じたりしてはいけない。

 

番外編

番外編として、1つめの会社にいた頃に会社とは別にあるコミュニティ活動に関わっていて、それがつらかったという思い出もある。コミュニティ活動だから、出来る範囲で活動するという原則なのだろうけど、当時僕は立場上もある程度責任を取らなければいけない立場でもあって、ただその責任感をもってがんばろうとするとやっぱり自分の首を絞め続ける結果になった。つらかった。

ああ、自分が責任を取ろうとするとそれはとても辛いことだし、そもそも自分のとれる責任なんてたかがしれている。

とれない責任は負わないようにしよう。お互いのため。それが仕事か否かにかかわらず。これもいまのポリシーになってると思う。

 

 

ああ、文字に起こすと完全にクズ人間ですね。

昔のとてもキラキラしていた自分はどこにいってしまったのだろう。

ただ、もう一度意識を高く持とうなんて、思わないかな。あまり人と深く関わろうと思わない。

 

だけど、いまこころを許せる相手はこの世にほんの少しだけいて、学生時代の同級生です。本当に、家族以上*1に自分の多くを知っていて、受け入れてくれている(と勝手に思っている)。感謝しかない。同級生に見放されたら、僕はもうダメだろうな。死ぬかもしれない。

*1:親含め家族よりも、学生時代の同級生の方が心を許してると思う。

自分のことを一番知っている人は

ふと、いまの自分のことを一番知っている人って誰なんだろう。って思った

 

普通は

両親とかになるんだろうが。"一番"知っている人と考えると、それは両親ではない。

自分で言うのもおかしな話だけれど、僕は極端に両親に依存しない生き方をしようとしている。もちろん金銭的には社会人になるまで支えてもらったのだけれど。ここでは精神的に、ということになろうか。

15歳で家を出る判断も結局のところ僕の独断であったし、20歳に就職するときも事後報告でさっさと関東へ出てきてしまった。その後、僕も年に数度しか実家には帰らないし、両親が自分の部屋にきたことも一回きりだ。そもそも親に縛られたくないという半ば思春期をこじらせたような思想で家を出て12年になる。自分のことを一番知っているのは親ではなさそう。

友人か

まだこれでもお付き合いしている女性がいたときには、確実にその女性が世界の中で僕のことを一番知っている人だった。これはまず間違いない。

"だった"と過去形にしたのは、もう別れてから独り身でいる期間が長くなっているので当時の自分と今の自分とも、まぁ特に心身を壊した前後で自分自身が大きく変わっているところがあるので、"いまの自分を一番知っている"かというと、そうでもないかもしれない。

そうしたら友人だろうか。学生時代の友人は本当にかけがえのないもので、たぶん同じクラスだったメンバーがいなかったら僕はいまどうなっていたか分からないし、感謝しかない。とはいいつつも、最近の僕は人と会うのがあまり得意ではなく、場合によっては緊張から体調を崩してしまうありさまなので、そういったメンバーと積極的に会うことも減ってきているかもしれない。あとはみんなそれぞれの家庭をもつようになってきた、っていうのもあるのかなあ。

 

結局のところ

僕がいまぱたんと倒れてそのまま死んでしまったとき、生前の僕のことを、ほんとうに僕が考えていたこと、思っていたことを含めて分かる人間はもしかしたらこの世にいないんじゃないかな。と思ったのです。それが良いとか悪いとかではなく、ふと思ったりしたのです。

あなたは自らが手を下す自分の死を意識したことがあるか。

中二病みたいなタイトルになってしまった。

さらに書き終わってからポエムみたいな記事になったことに気付く。

 

闇落ちブログで定評のあるこのブログ、なぜか前回の記事だけ希望に満ちたものになっていますがベースラインは変わりません。

 

まずは、この記事をごらんいただきたい。

anond.hatelabo.jp

 

この記事を読んでいて、3分の2程度読み進めるまでは「あれ、俺こんな記事、過去に書いたっけ?」と思った。少し落ち着いて「いやいや、僕結婚してないわ」と気付いてようやっとコレは私が書いた記事ではないな、と思い直したところ。

 

とはいえ、この記事に書かれていることがあまりにも自分の感情とシンクロしていて、びっくりどころか身震いしそうなほどで、凝視して食い入るように読んでしまった。

 

特にこのフレーズ

今ギリギリでOKに傾いてる天秤がふとした拍子でNGに傾けばそれで終わりな気がして怖くて今以上のなにかには取り組めない。

うつ病を経験して、そこからなんとかして社会復帰できたということはとても喜ばしいことなのかもしれないが、だがしかし、

business.nikkeibp.co.jp

うつ病は再発率が高いということはよく知られているとおり。(具体的なデータを引っ張ってきたかったけどあんまりよいものがなかったのでとりあえずこの記事)

 

再発率の高さももちろん怖いし気をつけたいところなのだけれど、まずうつ病に戻ったときの自分の思考判断」そして、「きづかないうちに再発しているかもしれない(自分は大丈夫と思っていたけど罹患したわけで、もう自分は信用できない)という恐ろしさ。いつ自ら自分の死に手を下すかわからない、ということ。(タイトル回収)

まぁこれは周囲が実はまじまじと客観的な情報を与えてくるもので、

医療保険に入れない(通院終了から2年、僕の場合はちょうどあと1年半)

のは代表的なもので、ほかにも精神疾患歴のある方はちょっと…という場が意外とある。もちろん打ち明けた結果、でもいまはしっかり受け答えできてますし、大丈夫ですよね。という反応をいただけることもあるのだけれど。

 

自分の心身に訪れる様々な細かい変化

寝付きが悪かった 頭が痛い 吐き気がする 食欲がない

仕事に集中できなかった ミスをした 不備がありおこられた

自分にイライラする ああ、やっぱりダメな人間だ

なにかひとつの出来事が、天秤を悪い方に触れるものではないかと、恐ろしい。

悪い方に触れた振り子は坂を転げ落ちるように落ちるところまで落ちてゆく。

 

そして、崖から

 

 

死にたくないし、1人でこの押しつぶされそうになる恐怖と戦いたくない。

でも、この気持ちを共有できる、もしくは共有させてよいとは到底思えない。

今日も、吊り橋を渡るような気持ちで、天秤が振り切るかもしれないけど、それでもどちらかの上皿に重りを載せなければいけない、この生きる苦しさと戦ってる。

水樹奈々さん座長公演四、そして今年の目標の話。

基本的にこのブログには私の闇落ち記録が記されていくのですが、たまには闇落ち以外のことも書きます。

 

水樹奈々さんの座長公演に行ってきた

正式タイトルは「国立代々木競技場第一体育館座長公演 "水樹奈々大いに唄う 四"」ですが、2016年1月24日(日)に開催された水樹奈々さんの座長公演に参戦して参りました。

座長公演は2~3年に一度のタイミングで開催されていたそうですが、僕がファンになった2013年以降は初めての開催でしたので、大変楽しみにしておりました。

水樹奈々さんは現在のところ僕にとっては最高の生きる希望で、お会いする度に「もう一度会いたい」と思わせてくださるので僕の命が順調に延命されていっております。

 

正直、ライブとか、アニメのイベントとか、声優さんのイベントとか好きで行くんだけども終わってみるとなんだか夢であったことのようで、数時間前の出来事だけど記憶がぼやっとしてるということがよくあります。なのでぼやっとした感想です。

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ライブパートからは、2015年11月の新アルバムからも楽曲を披露してくださり、のっけからテンション上がりました。そして進行にキングレコード・三嶋プロデューサがでてくださったのもとても嬉しかったです。あと、NANA CLIPS 7の発売決定ですね。最近の楽曲はMVを見たいものばっかりだったのでとても嬉しいです。

演劇パートではとりあえず開始早々にゴンドラに乗った奈々さんが半径5m以内に急接近してまずテンションが上がりました。そしてきっと様々なパロディのおかげでしっちゃかめっちゃかになっていくストーリー*1、最後の方では迫力ある殺陣の演技に圧倒されていましたね。久しぶりにお芝居を観たこともあってとても楽しかったです。*2次回も行きたい。

 

そして、個人的に心にぐっときてしまったことがあって、水樹奈々さん演じる主人公が序盤で「自分の周りはどんどん変わっていく、でも自分は変われない。今更変わることなんて無理だよ」と自信を失っている描写があるのですが、正直今の自分と重なって、というか自分自身そのものであって、最終的には仲間に励まされて変わっていく、挑戦していくことになるのですけれど、このお芝居を観て 自分も、変われるのかな、、、 という自問自答をしていました。こころのどこかでは、まだ諦めたくない、良い方向に自分を動かしていきたいと思っているのでしょうね。

水樹奈々さんのイベントとしては、次は4月の東京ドーム公演です。こちらも、是非お伺いし、全力で楽しんで、また生きる希望を見つけたいと思います。

 

今年の目標

1年の12分の1がそろそろ過ぎようとしているこのタイミングで今年の目標というのも変な話なんですが、上の奈々さんのお芝居を観る少し前から感じ始めていて、観劇後にその思いをつよくしたのですが、今年の目標は、

 

『ちょっとでも、がんばる』

 

ということにしました。分かるかもしれないのですが、『ちょっとでも』っていうの大事なポイントです。

ここ最近、自信をうしなった私の行動基準は ALL or Nothing 完全な結果を得られないなら、何もしない。という方向に向かっています。そうしないとたとえば60%の成果が出たものに対して「60%しかできなかった。」と残りの40%をとても悔いて自分を責めるのですよね。その結果、何もしないでプラスマイナスゼロの状態にいるようにする、、と。

これ、結果マイナスになるんですよね。おそらく。頭では分かっていますが、傷つきたくないという気持ちが先行してしまい、そう思わない様にしているのだと思います。
しかし、このままいくと本当に僕は生きる希望を失って、社会的評価も失い、存在意義を失い、早々にこの世で生きていけなくなる…という危機感もあります。

そこで、すこしでも前に進めるようになれれば…ということで立てたのが前述の『ちょっとでも、がんばる』です。

具体的にがんばりたいことは3つ

技術者としての能力

技術職である以上は、少しでも自分の能力を向上させたい。

体力・身体能力

奈々さんが昨年夏のライブツアーに向けて身体を鍛えたらすごく楽になったという話だったので、虚弱体質解消のため少しでも体力をつけたい。

生きる希望を見つけたい

生きる意欲が感じられるようなことを、なにか見つけられればと思っています。

 

そんなわけで、ぼやっとしていますが今年の目標は『ちょっとでも、がんばる』でいきます。

ちなみに今年の目標としてちゃんと立てて、文面に記したのは数年ぶりだったので、なんだか例年とちょっと違う感じがします。

*1:アニメ作品を狭く浅く時々深くみたいな感じで楽しんでいるので、個別の作品のパロディは正直元ネタが分かっていないものも多かった

*2:昔は消防モノをやっている小さい劇団さんがあって、よく見に行っていました